請求項がGoogle APIに縛られ、括弧だらけ——AI生成と思しき一件の特許
最近、ある特許のクレーム(請求項)を読んでいて、読み進めるうちに眉をひそめてしまいました。補正後の請求項は、技術的特徴を特定のGoogle APIに縛りつけているばかりか、独立項のなかにも括弧書きの補足がどっさり詰め込まれていたのです。こういう書き方を見て、まず頭に浮かんだのは——これはおそらくAIが生成した原稿だろう、という思いでした。
以下に、その独立項のおおよその姿を再現してみます。特許の文章に触れたことのない方にも、その雰囲気を感じてもらえるように。
対話型インターフェースに基づく情報処理方法であって、少なくとも一つのプロセッサを備えたサーバによって実行され、以下を含む:
(a) ユーザーがインスタントメッセージングソフト(LINE、Messenger、SlackなどWebhookコールバック機能を備えたプラットフォーム)を通じて発する非構造化命令(自然言語テキスト、音声テキスト変換、またはマルチメディアメッセージ)を受信する;
(b) それを第一AIモデル(TransformerアーキテクチャのLLMなど)に送って意図分析を実行し、タスク意図(検索、要約、統合)および少なくとも一つの第一パラメータ(キーワード、時間範囲、ファイル種別)を含む構造化命令(JSONなど)を出力する;
(c) タスク意図に応じて、ルーティングロジックモジュールが自律的に判断し、少なくとも一つのクラウドストレージサービスAPI(Google Drive APIなど)を内部情報源として、また一つのインターネット検索エンジンAPI(Google Search APIなど)を外部情報源として動的に呼び出し、それぞれプライベートファイルの要約情報(ベクトル意味要約または重要な本文断片)と公開検索結果(ウェブページのタイトル、要約スニペット、または音声・動画のスクリプト)を取得する;
(d) 両者のデータをクレンジング・整形し、構造化された総合的コンテキスト(Context)へと統合し、モデルのコンテキストウィンドウの制限に応じて順序を最適化する;
(e) 総合的コンテキストと構造化命令を第二AIモデル(第一モデルと同一でも異なっていてもよい)に送り、統合・推論・再構成を行い、深く統合された情報の最終成果物(構造化レポート、画像付き要約、または応答メッセージ)を生成し、インスタントメッセージングソフトのメッセージプッシュAPIを通じてユーザーに返す。
見ただけで不安になる二つの点
第一の問題は、請求項のなかに「Google Drive APIを呼び出す」「Google Search APIを呼び出す」といった、特定ベンダーの製品に縛りつける書き方を、そのまま権利範囲を画定する技術的特徴のなかに入れてしまっていることです。特許の権利範囲をこう書くのは、権利の境界を、あの特定のいくつかのAPIを使った実装だけしかカバーしないところまで縮めてしまうのに等しいのです。いつか誰かが同等のクラウドストレージや検索サービスに乗り換えたら、あるいはGoogle自身がAPIの名称や挙動を変えたら、この範囲がなおもカバーできるのかどうか、大きな疑問符がつきます。
第二の問題は、独立項が括弧でびっしり埋め尽くされていることです。括弧はもともと例示や補足のために使うものですが、一つの独立項のなかにこれほど幾重にも重なった補足が現れると、まるで頭のなかで思いつく可能性を一度に全部ぶちまけたかのようで、結局のところ——どれが発明を画定するうえで欠かせない技術的特徴なのか——を本当に考え抜いてはいないように読めてしまいます。
これは実のところ、一つの時代現象だ
私が語りたいのは、ある個別の案件を名指しすることではなく、こうした書き方の背後に透けて見える普遍的な現象のほうです。
AIによる特許原稿の生成が容易になると、「文字を敷き詰め、例を挙げ尽くす」というのはほとんど手間がかかりません。そのため私たちは、範囲が長々と書き連ねられ、論理は表面上すらすら通っているのに、よく見ると権利が特定の製品に縛りつけられていたり、あまりに多い括弧によって身動きが取れないほど狭められていたりする——そんな例をますます頻繁に目にするようになっています。
素人は、請求項が長くて完全に書かれているのを見ると「保護が行き届いている」と感じがちです。しかし本当の問題は、往々にしてこの「完全そうに見える」ところに潜んでいるのです。特許の権利範囲は、文字が多いほど値打ちがあるわけではありません。むしろ、書き込んだ一つひとつの技術的特徴が、のちに権利を主張するときに自分自身を縛りつける縄になるのです。
AIはレンガを速く、きれいに積む手伝いをしてくれます。けれど、どの壁がそもそも積んではいけないものなのかは、必ずしも分かっていません。まさにこの部分こそ、人が最も見張っていなければならないところなのです。